SIBLOG
2016.07.10
最初の衝動の話。

「最初の衝動がその人のその後の人生を大きく左右した」といった話は掃いて捨てるほどある。 そんな僕も御多分に洩れずそうした背景をもって、デザイン、グラフィック、みたいな畑でいまご飯を食べているわけだけど、「ある人にとっての最初の衝動」の話を聞くのが僕はとても好きだ。そこには相対的に推し量れない、その人の脚色のないドキュメンタリーを感じるからだ。他人からすると馬鹿げたようなこと、理解してもらうのが困難なこと、けれどその人にとってそれがある種の、大事なコアとなっていること。どんな人にもきっとひとつはあるんじゃないかと思う。

たしか僕は19歳の時に初めてMacを手にした。当時父の知り合いがエディトリアル関係の会社を経営されていて(当時の僕は単なる印刷屋さんだと勝手に思っていた)、僕が絵を描くのが好きで、そんなようなことにもすこし興味があることを前々から知ってくれていたから、そのMacに「Illustrator」なるものをインストールしてくれた。

その頃の僕はというと、高校を辛うじて卒業し、一浪の意味を履き違えた後、上京という名の自由を手に入れて、モラトリアム絶賛よろしくだった。そしてちょうど、グラフィティ文化に完全に魅了されていた時期でもあって、「アナログこそ最強」とか本気で思ってたし、Macにしても「Illustrator」にしてもはじめのうちはそれを使えばどんなことが出来るのかなど、まったく分かってなかったし分かろうともしてなかった。

物語風に言えば、まさか今これを書いている未来の自分が、それらなくしてご飯が食べられないほどにかけがえのないものたちであることなど、その頃の僕には知る由もなかったのだ。 ボッティチェリのヴィーナスもそんな僕を画面越しに眺めては、さぞや悲しい想いをしていたことだろう。

がしかし、程なくして事件が起こった。 本屋で何気なく手にとった雑誌で、Adobe製品についての特集のような記事を目にしたからだ。そのあと確か僕はすぐさま部屋に帰ってMacを立ち上げた。そして、その日から家と本屋の往復を繰り返すことになった。

今でこそブラウザを開けば、その道のプロの方による大量のチュートリアルを無料で読み漁れるが、その頃は、そんな優しい人たちはまだインターネットの向こうにはあまりいなかった。さらに言えばまだ当時の僕は、本屋さんで分厚い本を買うだけのお金も持っていなかったし、もっと言わせてもらえるなら当時使っていた携帯電話のカメラは11万画素しかなかった。

ゆえに僕は「初心者向けIllustrator講座」と書かれた本を手当たり次第に立ち読みした。そこでは可愛らしいクマのキャラクターが指し棒を持ちながら「本を買ってくれたひと」に向けて笑顔でレクチャーしていた。そんなクマの気持ちを裏切って、僕は僕が抱えられる限度いっぱいの情報を脳みそに携えては早歩きで家へ帰り、Macを開いては今読んできたチュートリアルなんかを忘れないうちに繰り返しては本屋へ戻り、とにかく無我夢中で使いかたを覚えた。本屋さんの方にはごめんなさいしかない。

ただ、それまで紙にペンで描くしかなかった僕の拙い線や絵が、Macを使うとまるで街や広告で目にするようなグラフィックに生まれ変わる(ようにあの頃は本気で思えた)、今以上に引きこもり体質だった僕を何度も本屋へ出向かせてしまうほどの感動がそこには確かにあった。ベジェ曲線で描いた初めてのグラフィックを僕は今でも鮮明に覚えている。そして誰に頼まれたわけでも、誰に見せるでもないものを、朝から晩まで、いや本当に朝から朝まで、延々とパスで繋げては一人で眺めてニヤニヤした。

さらにそれに触発されたのか、「WEBデザイン」というものに強烈な興味を覚えだして、当時スタートしたばかりだった「はてなブログ(当時はまだ「はてなダイアリー」という呼び名だった)」の無料テンプレートを、これでもかといじりまくって改造しては、ホームページのようなものを半自作して、これまた誰に見せるでもなく一人ニヤニヤする、という遊びに真剣に興じたり、その反動も同時に生まれるもんだから、グラフィティが大好きだったけど友達も特にいなかった僕は、一人きりで真夜中東京の街に繰り出しては、貼り終えたステッカーたちをニヤニヤしながら眺めて一人始発を待つ、といったことを繰り返した。 もしタイムマシーンが完成してあの頃の自分に何か言うことができるなら、あまりの不憫さに涙が止まらず、言葉にならない嗚咽を繰り返すことだろう。

しかし、あの頃感じた衝動のような感情は、僕は何かをつくること(もっと具体的に言うと、頭の中にしかないものをちゃんと目で見える、耳で聞こえる、手で触ることのできるものにする、という行為の過程と結果)が大好きなんだということを、嫌というほど僕に思い知らせた。 特定の方にだけ言うなら、あの頃の僕はまさにウィング師匠に背中を叩かれた直後のゴンだった。激しく溢れ出した念も今ならハッキリ視えると思う。

そして僕にとっての、いわゆる「初心を思い出す」の「初心」が、言わずもがなこの頃のものとなった。今となっては他に方法はなかったのかと、呆れるほどに時間と労力と親の仕送りを無駄に消費していただけなのに、ノスタルジックな気分に浸るのも嫌いな方ではないからあえてぼんやりと思い出しては、今の自分に喝を入れるための良い薬となっている。

料理も音楽も写真も映像も小説も何もかも、それを仕事としている人にはきっと、それこそ何かに思いっきり強く背中を叩かれたような衝動がきっとあると思っている。冒頭に述べた通り、誰かのそういった話を聞くのが、NHKのドキュメンタリー番組と同じくらい好きで、たまにすごく自分の何かをハッとさせてくれるのだ。 今ラジオを一緒にしている相方のケンちゃんにそれを聞くことができないのが残念だけど、彼は彼なりに真剣にパズドラを楽しんでいる。

Shibu.ch〈Tocinmash 代表〉
2006年よりポッドキャスト配信を開始。番組のHPやグッズのデザイン・イラスト・音源編集・配信と、トッキンマッシュのほぼ全ての業務を一人で担い、相方のケンちゃんは何もしていない。